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旧東海道7(豊橋から知立)-2 <御油宿(ごゆしゅく)>

<御油宿(ごゆしゅく)から赤坂宿へ>(1.7km) 

 

(前)<吉田宿から御油宿(ごゆしゅく)へ>http://yamakazeoto.jugem.jp/?eid=176

 

御油という珍しい地名の語源は、持統天皇が近くの宮路山に行幸されたとき、油を献上したという伝説に由来するという。江戸から35番目の宿場で見付宿(磐田市)を結ぶ姫街道の起点の追分宿としても栄えた。

本陣が最も多いときで4軒あり、旅籠も62軒あった。こじんまりとした宿場に本陣が4軒もあるのは珍しいことである。​当時の町並みはほとんど残っていないが、御油の松並木は、旧東海道で現存している松並木の中で最も美しいとされ、見ごたえは十分にある。この松並木は昭和十九年十一月七日(第二次世界大戦中)、国指定の天然記念物となった。

 

 


御油橋----問屋場跡----本陣跡----御油の松並木

 



音羽川にかかる御油橋が御油宿の東入口となる。
御油橋を渡ると、旧家屋の町並み、往時の雰囲気が残る御油宿中心へと入っていく。
北西へ道なりに進むと御油保育園のある交差点右折し、50mほど進むと左手に問屋場跡がある。そこには案内板と歌川広重の東海道五十三次御油宿のパネルが掲示されていた。(かなり汚れていました)



御油橋を渡ると 御油宿です


広重の 問屋場図

問屋場跡の先のT字路を左折し、150mほどで本陣跡の案内板と石碑がある。
旧東海道をさらに進んでいくと、宿場町の西入口となる御油の松並木が見えてくる。

この松並木に入る前に御油宿は、終わります。

あっという間の御油宿でした。


御油の松並木は、旧東海道に残る松並木で最も美しいとされ、江戸時代からの美しさを現代に伝えています。

約600mの長さの松並木を過ぎると豊川市から音羽町になり、赤坂宿になる。

 

御油宿は徳川幕府が慶長6年(1601)に整備した東海道と同時に誕生した宿場ですが、開宿当時の伝馬朱印状には赤坂宿と御油宿の二宿が併記されていました。

開宿当時は御油と赤坂は一宿扱いされていたようですが、ほどなくしてそれぞれ独立した宿場になったようです。


御油の松並木


松並木の西口に建てられた標識 ここからもう赤坂宿になる



(つづく)<赤坂宿から藤川宿へ>http://yamakazeoto.jugem.jp/?eid=197


 


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