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16 旧東海道4(富士から静岡)-3 <由比宿(ゆいしゅく)>

 

由比宿(ゆいしゅく)から興津宿へ> (10km)

 

由比宿は、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠32軒と小さな宿場であった。

鎌倉時代から湯居の名で知られた古い宿でで、海と山に狭められた海岸沿いの小さなのどかな宿で、現在でもひなびた風情を味わうことができる。

 

由比港の桜えびの水揚げ高は日本一で、町最大の産物となっている。毎年5月には桜えび祭りが開かれる。

桜えびは駿河湾でしかとれない体長3〜5cmの小さいえびで、漁期は春と秋である。明治時代に漁師が偶然桜えびを採ったのが最初であった。JR新蒲原駅南口駅前に桜えび漁船が置いてある。

 

Tokaido16 Yui.jpg

広重 薩埵嶺

 

 

(前)15 旧東海道4(富士から静岡)-2 <蒲原宿(かんばらしゅく)>

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由比の一里塚跡----東木戸----由比本陣公園----正雪紺屋----脇本陣饂飩屋----西木戸----JR由比駅

 

 

 

JR蒲原駅も過ぎて、東名高速のガード下をくぐり、神沢の信号を左に行くと宿場に入る手前に、江戸から39番目の由比一里塚跡の石柱があります。当時は松が植えられていたそうです。

 

その先が、由比本宿の入口にあたる東木戸東枡形跡があります。

 

「桝形」とは防衛の手段として、敵が一気に攻め込み難くする為に、また、敵を追い詰め易くするために宿や城下町の入り口や通りを直角に曲げたものです

 

 

由比の一里塚跡            東木戸の枡形跡

 

進んでゆくと左に綺麗で大きな公園がある。ここで一休みすることにした。

これは由比本陣公園で、由比本陣公園内に設けられた美術館では「東海道五十三次」で有名な浮世絵師、歌川広重の作品を中心に展示されている。


由比宿本陣公園 本陣跡を整備復元したもので、正門、物見櫓等が復元されている

由比本宿の本陣は代々、岩辺家が経営していたため「岩辺本陣」と呼ばれていました。​

公園の向かい側に、由比正雪の生家と伝えられた染物屋正雪紺屋しょうせつこうや)があった。この紺屋(染物屋)は江戸時代から400年続いているといわれ、屋内には土間に埋められた藍瓶等の染物道具や、天井に吊れれた用心籠は火災等の時に貴重品を運び出すもので、昔の紺屋の様子を偲ぶことができる。

 
正雪紺屋
由比正雪  慶安の変で有名な由井正雪は優秀な軍学者であったが、仕官には応じず、軍学塾・張孔堂を開いて多数の塾生を集めていた。 慶安4年(1651年)4月、新しい将軍がまだ幼く政治的権力に乏しいことを知った正雪は、これを契機として幕府の転覆と浪人の救済を掲げて、幕府を支持する者たちを完全に制圧する、という作戦を立てた。
しかし一味の密告により、計画は事前に露見してしまう。慶安4年(1651年)まず丸橋忠弥が江戸で捕縛される。その翌日に駿府で奉行所の捕り方に宿を囲まれ、由比正雪も自決を余儀なくされ、計画は頓挫した。これが慶安の変である。


紺屋の隣には黒い塀の中に明治時代の郵便局の建物があった。
この局舎は昭和2年7月まで使用され、現在は平野氏私宅になっている。


江戸時代、文書の送達は飛脚便によって行われ、飛脚屋と呼ばれていた。明治4年3月、郵便制度の創設により飛脚屋は由比郵便取扱役所となり、さらに明治8年1月由比郵便局と改称された。

 

そのすぐ先に黒塀の中に松の木がある脇本陣饂飩屋がある。

由比宿には脇本陣を交代でつとめた家が三軒あり、そのうち江戸時代後期から幕末にいたるまでつとめたのが、この温飩屋になる。
 

脇本陣饂飩屋

 

由比川の手前に、由比宿の西の端になる西枡形(西木戸)がありました。

由比宿を後にして、由比川橋を渡り平坦な道を30分ほど行くとJR東海道本線由比駅にでる。

 

 

薩埵峠案内板----讃徳寺----小池邸----寺沢橋----本陣川島家----倉沢橋----脇本陣柏屋----望嶽亭藤屋----一里塚跡----薩埵峠

 

 

 


 

由比駅の直ぐ先の歩道橋を渡って右の細い道に出ると、薩埵峠(さったとうげ)への案内が出てきた。

この先の右に、薩埵峠で息絶えた人を供養するお寺である讃徳寺(さんとくじ)がある。

薩埵峠の西側と東側にはそれぞれ不慮の死を遂げた人を供養するお寺があるようです。

 

 

道幅も狭く、古い家並みが残り気持ちのいい街道を味わうことが出来る道がつづきます。寺尾地区には、名主(庄屋)の館であった旧家の小池邸がある。

現在の建物は明治期に建てられ、大戸、くぐり戸、ナマコ壁、石垣等に江戸時代の名主宅の面影を残しているとのこと。

なおこの建物は東海道を行き交う人の休息の場として由比町が購入し、提供しているものです。

 

この先に、由比で最も有名な「桜えび」料理の専門店である「くらさわや」があるはずですが、気づかずに通り過ぎてしまいました。


由比宿の名主小池氏の邸宅。今は、由比宿を散策する人のために、休憩場所として開放されている。

倉澤地区に入り、寺沢橋を渡ると西倉沢の間の宿になり本陣川島家がある。

本陣といっても、間の宿ですから宿泊施設ではなく、峠を越えてきた大名や、これから峠を越える大名たちが一息入れた場所なのです。

 

次の倉沢橋を渡ると間の宿の脇本陣柏屋、脇本陣藤屋と街道時代を彷彿させる建造物が続く。

 

脇本陣藤屋は、望嶽亭(ぼうがくてい)という名称の方が有名で「その昔、脇本陣、茶亭として多くの文人墨客で賑わった所で、明治元年3月7日、幕臣精鋭隊長山岡鉄舟が官軍に追われたさ際に、望嶽亭の蔵屋敷で漁師に変装、階段より脱出し、当時最新式フランス製十連発のピストルを残して行ったと言われている。当時と変わらぬたたずまいと、残されたピストルが、歴史を物語っています。

 

 望嶽亭藤屋

川島屋                    望嶽亭藤屋

 

このすぐ先に江戸から40番目の倉澤の一里塚跡がある。

 

倉沢の一里塚跡


此処から右の細い道が旧東海道で、今はハイキング道のようで多くの人とすれちがった。

坂道を登って行くと道の両側に枇杷の木が多数あり、さらに行くと今度はみかんの木に変った。

このように枇杷とみかんが交互に植えられていた。蜜柑道が開けたと思ったら、薩埵峠さったとうげ)に着いた。

そこには薩埵地蔵道標があった。

 

鎌倉時代に由比倉沢の海中から網にかかって引きあがられた薩堙地蔵をこの山に祀ったので、それ以降薩堙山と呼ばれているそうです。

 
薩埵地蔵道標 「さったぢぞうミち」と書いてある。「延享元甲子年六月吉日」と刻印がある。
またここには薩堙山合戦場の説明板がある


それによるとここで2度合戦があり、「一度目は1351年(観応2年)で室町幕府を開いた足利尊氏と、弟の直義の兄弟による戦いで、ここで山岳戦をして直義軍が敗退した。2度目は1568年(永禄11年)駿河に侵攻した武田信玄を、今川氏真が討つべく薩堙峠で戦ったが敗退した。」とある

トイレのある広場は沢山のハイカーで賑わっていたが、その横を抜けて展望台の脇の階段を下りて、狭い砂利の山道を道なりに下って行くと富士山がきれいにみえた。



今日は富士山がきれいに見えた。ラッキー!!

歌川広重が描いた当時とほぼ同じ風景が望めるのは、五十三次の中でもここだけと言われる名勝である。

 

薩埵峠の上りの道筋は舗装道路だったのですが、下りはすべて未舗装の土の道です。そして左側は断崖絶壁が迫り、駿河湾の大海原を見ながらの下りの行程になります。

 

 

 

川越遺跡----興津川橋----身延山道道標----興津一里塚跡----JR興津駅

 

 

旧街道は、白髭神社からなぜか急に北西へと行き、道なりに行くと瑞泉寺の後ろを通り細い道筋をくねくねと曲がりながら進んで行きます。そして興津川岸の渡し場跡(川越遺跡)へ到着する。
この道筋はかつて街道時代に興津川で「川渡し」が行われていた時代、渡し場へ向かうために穿かれたものだそうです。

JR東海道本線の踏切を渡り西に向かい興津川にかかる興津橋をわたり進んで行くと、右側に身延山道道標とともに大きな題目碑がある。
身延街道は、ここから日蓮宗総本山である身延山久遠寺を結び鎌倉時代、この街道は既に駿河と甲斐信濃を結ぶ重要な街道であった。

 

すぐ先の民家の庭先に興津一里塚跡(41番目)がある。



 一里塚跡
身延山道道標と奥が題目碑(南無妙法蓮華経の文字を日蓮宗独特のヒゲのように跳ねて書いてある)


次の宿場興津宿の東見附はJR興津駅入口の先になります。

 

 


(つづく)17 旧東海道4(富士から静岡)-4 <興津宿(おきつしゅく)>

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